前回の記事では、私が1か月で実践した英語学習の「方法」についてお話ししました。スマホの言語設定、洋画・洋楽の活用、英語だらけの文法教材、独自のシャドーイング法――そうした個々の工夫の裏側には、実は一日を貫くひとつの「型」が存在していました。今回は、その型そのもの、つまり1か月間どのように1日を組み立てていたのかを、できるだけ具体的にお伝えしたいと思います。
目標はいつも変わりません。「英語が飛び交う環境を、自分の手でつくること」。留学に行けないなら、生活そのものを留学先に書き換えてしまえばいい。そう考えて設計した1日が、これから紹介するスケジュールです。
朝 ―― 一日の入口を、英語で塗り替える
朝、目が覚めたらまず手を伸ばすのは、YoutubeでもSNSでもなく、ABCニュースのPodcastでした。寝ぼけた頭にいきなり英語の音声が流れ込んでくるので、最初は半分も理解できません。それでも、起きた瞬間から日本語に触れない、という小さなルールを自分に課していました。
人の脳は、起床後しばらくの間、まだ外部からの情報に対して柔らかく、余計な思考のノイズが少ない状態にあると言われています。一日の最初に何を取り込むかによって、その日の意識の方向性がある程度決まってしまう。だからこそ、目覚めた瞬間を「日本語ではなく英語に染める時間」として使うことには、想像以上の意味があったように思います。
ABCニュースを聴き終えたら、そのままウォーキングに出かけ、洋画を見る時間に充てていました。歩くという単純な運動と、映像から流れ込む英語を同時に処理する。一見すると非効率に見えるかもしれませんが、何かをしながら別の作業を行う「ながら学習」は、英語を特別な勉強の時間としてではなく、生活の一部として馴染ませるための、ささやかな仕掛けでもありました。
午前 ―― 家事のあとに、文法という「重たい荷物」を運ぶ
ウォーキングと洋画の時間から帰宅すると、まずは家のことを片づけます。洗濯や掃除といった日常的な作業を終えたあと、午前中の残りの時間を使って文法学習に取り組みました。
文法は、これまでの記事でも触れたとおり、私にとって最も気が重い分野でした。だからこそ、あえて午前中、まだ集中力が比較的残っている時間帯にあてがうようにしていました。気が乗らないことほど、後回しにするとそのまま手をつけずに終わってしまう。これは多くの方が経験的に知っている感覚だと思いますが、行動経済学の世界でも、負担の大きい作業ほど一日の早い段階で処理したほうが実行されやすいことが知られています。重たい荷物は、体力が残っているうちに運んでしまう。文法学習は、私にとってまさにその「重たい荷物」でした。
午後 ―― 楽しさと実践を、交互に織り込む
午後は趣向を変えて、洋画や洋楽に再び触れる時間と、オンライン英会話を1〜2時間程度行う時間を組み合わせていました。
午前中に文法という負荷の高い作業を終えているからこそ、午後は意図的に「楽しい」と感じられる時間を多めに配置していたように思います。インプット(洋画・洋楽)とアウトプット(オンライン英会話)を交互に織り込むことで、知識として頭に入れたものを、実際に声に出して使う場面までセットで一日の中に組み込んでいた形です。
特にオンライン英会話は、それまで「読む・聞く」中心だった学習に、初めて「話す」という出口を与えてくれる時間でした。言葉は、使われてはじめて自分のものになっていく感覚があります。知識を蓄えるだけの日々から、知識を使う日々へ。午後の時間は、その橋渡しの役割を担っていました。
夕方から夜 ―― 隙間時間を、すべて英語に変える
基本的に17時からは夜までアルバイトが入っていたため、勉強としてまとまった時間を取ることはできません。そこで、バイトへの行き帰りの移動時間を、洋楽を聴く時間に変えていました。大学の講義がある日も同様に、行き帰りの移動はすべて洋楽の時間に充てています。
さらに、大学の講義そのものも、できる限り英語で行われるものを選んで履修するようにしていました。学習のための時間をわざわざ確保するのではなく、もともと生活の中に存在している移動時間や授業時間を、片っ端から英語に置き換えていく。隙間時間の活用というより、隙間時間そのものをなくしてしまう、という感覚に近かったかもしれません。
おわりに ―― 意志力ではなく、仕組みに頼る
こうして1日を振り返ってみると、私が頑張っていたのは「英語を勉強しよう」という強い意志を毎回奮い立たせることではなく、むしろ意志の力を使わずに済むよう、生活の構造そのものを先に作ってしまうことだったように思います。
以前の記事で、側坐核とドーパミンの話をしました。やる気は降ってくるものではなく、行動から後追いで生まれてくるものだということ。このスケジュールは、その仕組みを一日全体に拡張したものだったのかもしれません。朝起きた瞬間から、移動時間、家事のあと、バイトの行き帰りまで、英語に触れる「入口」をあらかじめ生活のあらゆる場所に仕込んでおく。やる気が湧くのを待つ必要がないように、最初から環境を設計してしまう。
意志の強さに頼るのではなく、環境の設計に頼ること。1か月という短い期間でしたが、これが私にとって、もっとも再現性のある「続け方」だったと、今振り返っても思います。

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